徒然読書日記202606
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2026/6/30
「古書の来歴」 Gブルックス 創元推理文庫
「嘘でしょ!」私はいきなり目が覚めた。・・・とはいえ、そのビッグニュースを普通の人が目を覚ましている時間にEメールで読むこともできる。 なぜわざわざ電話をかけてよこしたのか見当もつかなかった。
「いや、それはすまなかった。だが、サラエボ・ハガダーが発見されたのをきみも知りたいんじゃないかと思ってね」
ハガダーとは、ユダヤ教の信者が「過越しの祭」で読む祈りや詩編をヘブライ語で記した書物であり、ユダヤ人の家庭なら今でも普通に備えられている物なの だが、<サラエボ・ハガダー>は、ユダヤ教があらゆる宗教画を禁じていた中世の時代に、全ページに色鮮やかな細密画が描かれていたことで有名な稀覯本 だった。500年前にスペインで作られて、焚書と戦火の中を渡り歩き、1894年にサラエボで発見され、美術史の教科書を書き換えることになったこの奇書 は、1992年のボスニア紛争による博物館の爆破により紛失したと思われていたが、主任学芸員が命がけで救い、中央銀行の貸金庫に2年間保管されていた というのだ。
この由縁付の古書の状態を調べ、必要な修復作業を施して、サラエボ博物館に展示するという国連からの依頼を受けた、ハンナは新進気鋭の古書保存修復家 だった。紛争からは中立の地オーストラリアから、戦禍の跡も生々しいサラエボへ飛んだハンナは、百年の間触れられることもなく眠っていたその本に対面し、 表紙を開いた。
メスを綴じ糸の下に滑り込ませる。貴重な書物のページがあっさりはずれた。最初の一葉を手に取ると、綴じられていたあたりからごく小さなものがはらり と落ちた。
<しめた!半透明で翅脈のある昆虫の羽だった。>
もしかしたら、稀少な種でごく限られた地域にしか生息していないとか、すでに絶滅しているとか、この本がたどった軌跡の一部が明らかになるかもしれない・・・ DNA研究で名高いウイーンの自然史博物館で進化生物学を研究している旧友の昆虫学者アマーリエを訪ね、分析を依頼した結果、出てきた答えは驚くべきもの だった。「クロホシウスバシロチョウ。ヨーロッパに広く生息しているわ・・・といっても、高山帯に限るけどね。標高おおよそ二千メートルあたり。」
<ハンナ、あなたの大切な古書くんは、アルプスを旅したの?>
というこの本は、伝説の古書「サラエボ・ハガダー」の辿った数世紀を遡る謎解きに挑み、第2回翻訳ミステリー大賞に輝いた、史実に基づく架空の物語である。 地道な鑑定作業を続けながら現代を生きるハンナの、世界的脳外科医である母親との確執の物語が、時間の流れに沿って彼女の声で語られていく奇数章に挟まれ て、過去へと遡っていく偶数章では、発見された<物たち>がこの古書が辿ることになった、ハンナも知ることのないその数奇な運命を語りだすのだ。
1940年 サラエボでナチスの手から逃れ、山の中の小さな図書館に隠された(蝶の羽)
1894年 ウィーンの医者が留め金を外し、髪飾りに加工した(翼と薔薇)
1609年 ヴェネチアで異端審問による焚書の危機を乗り越えた(ワインの染み)
1492年 タラゴナで迫害を受けたユダヤ人の赤ん坊とともに海に逃れた(海水)
1480年 セビリアで王妃に仕えるムーア人奴隷の猫の毛の筆でそれは描かれた(白い毛)
実在のサラエボ・ハガダーが、スペインでの異端審問や1492年のユダヤ人追放などの過酷な運命をどのように乗り越えて現在に至ったのかは見当も つかない。・・・サフラン色のローブをまとってセデルのテーブルについている謎の黒人女性が描かれた絵に創造力をかきたてられたのは事実である。 (著者あとがき)
2026/6/20
「プラハの古本屋」 千野栄一 中公文庫
チェコスロバキアの古本屋には本を並べてある場所の奥や横の方に本を買い入れる部屋があり、その奥に店長のいる場所があるのが普通である。
普通では手に入らない珍しい本(当然売ってはくれない)が積み上げてあったりする、その場所に一般の人は入れてもらえず、用事があれば店長自身が店へ出て くる。その店に3年がとこ通い詰め、顔なじみになった店長が「こんな本が出ましたよ」と机の下から本を出してくるようになって、初めて奥に入って行ける ようになる。このようにして、ようやくお目にかかることができた店主の業務用座右図書の内の一冊が、超稀覯本の『チェコおよびスロバキア文献における 匿名辞典』だった。
「ところどころ間違っているそうですが、他には類書はなし、とても便利です。お手元にあれば役に立つとは思いますが、残念ながら備品なのでお売りでき ません」誰が、どのような理由で、どんな匿名を使って、何を書いていたのか、を網羅したこの貴重な辞典を、著者はいったいどうやって手に入れることが できたのか・・・
といった話しが続くこの本は、戦後第一回目の交換留学生としてプラハに赴いた日から、一期一会の本との出会いを大切に、古本屋巡りを欠かさなかった言語 学者が、探し続けていた本と巡り会えた喜びや、愛すべき古書店主たちとの希有なつながりを、心温まるエピソードと共に綴った、本好きには堪らない珠玉の エッセイである。
「前略。すみませんが何でもいいですから、河童のついているものを、7キロだけ急いで送って下さい。研究にどうしても必要ですから」
という速達を日本にいる母に送って驚かせてしまったのは、探しあぐねて夢にまでみた古代スラブ研究のための稀覯本を、差し上げてもいいという蔵書家の 老婦人が、たった一つの趣味である「河童の蒐集」のため、河童のついている物なら何でもいいから、本と同じ目方だけ欲しいと「交換条件」に出したから だった。
2ヶ月して、河童のこけし、河童のついた暖簾、絵本人形等、母の苦心の小包とその貴重な本を交換し、ブルタバ河畔のレストランで頁をめくりながら 飲んだピルゼン・ビールの味は、何とも言えないものであった。
ビザンツ研究所が所有していた研究雑誌の一揃いを、お金では受け取れないので、研究所が探している本のリストから、同じ金額分見つけて交換したという話も ある。社会主義国のチェコでは、古本屋は定価の三分の一で引取り、三分の二で売るというルールが確立しており、どんな珍本でもこのルールから外れることは ない。資本主義国における需要と供給の法則が成立しないため<珍しい本を売る人はつい古本屋を通さず、個人的に高く売る事になる。>ということのよう なのである。
「昨日、この人たちと話したんだが・・・身振り手振りでね、だって僕にはこの人たちの言葉はわからないし、この人たちも英語ができないんだ。」
一流商社の駐在員であるT氏が、大衆酒場の「聖トマーシュ」へ誘ったのは、前日の晩のカタコト会話で生まれた興奮と楽しさの「答え合わせ」のためだった が、昨晩の話し合いが正しく伝わっていたことがわかっても、2時間半かかってようやく理解できたあの盛り上がりが、わずか5分ですんでしまって、興醒め となる。なんて、プラハの夜の喧噪を自分も味わってみたくなるようなエピソードも満載で、チェコを訪れよう(バーチャルでも)という方には必読の ガイドブックである。
おいしいビールを飲みながらの楽しい時間を縮めるような、心ない通訳にまさる沈黙の通訳もあることを教えられた私は、さりげなく横を向いて、ほろ苦く て甘いビールのジョッキをかたむけたのである。
2026/6/15
「死体は語りだす」―法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」― Pボクソ 三笠書房
死者に最後の発言の機会を与えること、彼らの言い分に耳を傾けること、死者を語らせることにつながるあらゆる証拠を発見すること
それが、法医学医である著者が何よりも心にかけていることであり、本書において法医学にまつわるエピソードを綴ることにした動機なのだという。
・父親を銃殺したと思い込んでいた娘(娘は同性愛を認めようとしない父を就寝中に銃殺したのだが、父は既に硬膜下出血で死亡していた。娘は死体を撃った のだ。)
・自分の体を14発も撃った男(自殺した男性の胸部左前面には14個の射入口があった。斜めに発砲して心臓からズレたからだ。「銃自殺」は想像以上に 難しい。)
・薪ストーブで元夫の死体を燃やした妻(証言の真偽を確かめようとした質問に、彼女は正確に答えた。一番燃えにくかったのは「頭部」だと。脱帽、正解 だった。)
などなど、著者が実際に遭遇した前代未聞の信じられないような現場から、隠れていた痕跡を手がかりに、地道に事件の真相にたどり着いていった経緯が 語られる。<殺人や自殺、死体を消すことを思い立った人間の想像力たるや、際限がないのだ・・・>といった調子で、死体と向き合う仕事をちょっぴり ユーモラスな語り口で紹介するベルギーの法医学医の処女作は、フランス語圏を中心に大ベストセラーとなった。
ほどなくして、ウィリアムの耳に女性が放屁する音が届き、それっきり女性は動かなくなった。ウィリアムはこの放屁に、あきれてうんざりした。
<このような状況でおならを出すなんて、いったい何を考えているんだ?>
検死により自然死と診断されたこの事件の再捜査が始まったのは、ずっと後になって、別件逮捕されたウィリアムたちのグループの犯行手口が同じだったから だった。そして、ウィリアムが大きな責任を問われることになったのは、彼が裁判で「裁判長、犠牲者はおならをしたんですよ」と述べたからだった。放屁や 失禁、脱糞は、窒息の際にしばしば起こる現象である。犯人は尋ねられもしないのに、殺人の決定的証拠を自分から提出してしまったのだった。
<死体は、決して嘘をつかない>
自分がこうして遺体を検め、切り刻んで死因を突き止めようとするのは、死者にも生者と同等の敬意を払うべきだと常々考えているからだという著者が、様々な エピソードを時にユーモラスな筆致で綴るのは、検案や司法解剖の報告書よりも面白い読み物にするために、潤色を加えているということももちろんだが、 解剖した死者への敬意を欠いたり、ましてや冗談のネタにすることなどは絶対にないという。著者を面白がらせるのは、死とその状況だけであり、死者では ないのだ。<私は、法医学にまつわるエピソードを湿っぽい口調で語るまい、と決めている。>というのが、法医学医としての職業意識なのである。
これは、私という人間の在り方を反映した語り口だ。いつの日か死が私に微笑みかけるまでは、死を笑い飛ばしたいと思っている。
2026/6/5
「<手に負えない>を編みなおす」 友田とん 柏書房
それは私に集中治療室で無数の管を繋がれている重病人を思い出させた。咄嗟に私の頭に「瀕死の東京」という言葉が思い浮かんだ。
2018年に地下鉄・半蔵門線の神保町駅のホームで、天井から生えた何本ものビニールチューブが宙を舞っている光景が目に飛び込んできたのが、きっかけ だった。それ以来、地下鉄のホームや乗り換えの通路で、「漏水対策」を見かけるたびにすかさずiPhoneを取り出し、写真を撮り観察するようになった。
<私事で恐縮だが、「地下鉄の漏水対策」のことが気になって仕方がない。>
というこの本は、『「百年の孤独」を代わりに読む』で一躍脚光を浴び、「ひとり出版社・代わりに読む人」を立ち上げ、独特の視点の作品を刊行してきた 著者が、東京メトロのすべての路線と駅の「漏水対策」を一年かけて観察し、どんなタイプの対策を、いつ、誰が、どのように作っているかを「シラミ潰し」た 記録なのだが、前半半分を占める第一部『地下鉄にも雨は降る』で、その対策の試行錯誤を追いかけていくうちに、著者の興味は徐々にその「管理方法」の変遷 に向かっていった。
方法を洗練させ、よく管理している。ということは、裏返すと、そうしなければ、到底制御しきれないということにほかならない。
<地下鉄の漏水対策がそれほど、手に負えない代物だということなのである。>
そして、この「手に負えない」という言葉が唐突に思い浮かんだことで、どうして自分はこんなにも地下鉄の漏水対策に魅了されたのか、その理由に気付くのだ。 その興味の源泉には、「手に負えない」ものと、それに向き合う人々がいた。自分はその「手に負えない」ものと向き合う姿を愛でていたのではないかと・・・
そこで、後半の第二部「手に負えないものと暮らしてみる」では、著者の日々の営みの至る所にある「手に負えないもの」たちとの向き合い方が見直されていく。 京都の伏見で和菓子屋を営んでいた実家の建物の、理解不能だった間取りを記憶を頼りに思い出し、「手に負えない」ものの<可笑しさ>を再発見してみたこと。 工事開始前の道路にスプレーで描かれた何本もの地中埋設管。誰かがいつでもメンテナンスしてくれている「手に負えない」ものが、急に視界に入ってきたこと。 仕事場の移転を通して実感した、具体的に「作る」ことが「手に負えない」ものによる不安を解消し、同時に「手に負えない」ものを作り出すことになったこと。
日々の暮らしの中で自分が「手に負えない」ものに惹かれるのは、詰まるところ、日常生活を支えるインフラの維持への興味だったと言ってしまっていいという。 正常に機能するインフラへの興味を持続させるためには、正常に機能するインフラ自体の可笑しさを魅せていくしかないのではないか。たとえこちらが注視する ためのメガネを外していて、向こう側のさまざまな人々や物の働きを把握していなくても、システムは当たり前のように機能している。だとすれば、必要なのは 向こう側を知り尽くすことではなく、当たり前に機能していることの不思議を、不思議なままに受け止めることなのである。それこそが、<手に負えない>もの と向き合うための、最良の方法だ、というのが、このユニークな感性によって導き出された提言なのだった。
振り返ってみれば、本書自体が「手に負えない」ものを「編みなおす」という本書の内容を、書くことを通じて実践した記録でもある。ご覧のように、 ここには要領のよさなど微塵もない。
2026/6/3
「グレイスレス」 鈴木涼美 文春文庫
左の睫毛を二回、右の睫毛を三回といた櫛を濡れたティッシュで拭うと乾いた白いそれはわずかに臭いを放ち、滲んだ黒い化粧品と一体となって濃淡の まばらな汚れになった。
「目に入らなかった?もし入ったならやっぱり洗ったほうがいいよ、精子大量に浴びて、次の日酷いものもらいになった子もいたから」
17の終わり頃に付き合っていた化粧バンドで歌っていた男の顔を、耽美的・幻想的に化粧するために化粧知識を身につけた私にとって、彼との関係が終わって から、講座で知り合った講師に誘われて、初めてポルノ撮影に同行して以来続けている今の仕事はあまりに標準的で、作業それ自体はそう面白いものとは思え なかったが、自分と年齢の変わらないAV女優たちの顔に触っているうちに、それをより美しく整えて、より愚かに壊してみたいという執着が、自分の手先に 育まれていったのだ。
明るく、何も問題がないように見える彼女たちは、・・・異様な角度に反りたった男性器を突っ込まれて、鼻水と唾液で顔を濡らしたまま喘いでいた。
それを脇見する私の心中には、「彼女たちにもっと触れたい」という欲望と、「彼女たちを立ち直ることが困難なほど否定してみたい」という欲望が込み上げて くる。
<私は精液と唾液で貼りついたその髪の毛を否定する言葉を持てずにいる。・・・誰よりも早くその白濁した液体のついた髪に触れたいと思い続けている。>
と、こちらも前作に引き続き、2年連続で芥川賞候補となった衝撃の話題作である。(自叙伝とは言わないが、何となく実体験に基づいているような印象が ある。)
庭に出ると、祖母はいくつかの異なる柄の布を凝った方法でパッチワークしたようなスカートを穿いて、ホースの端を持って発声練習のような単純なメロディ を歌いながら踊っていた。
<初めて会えばやや気が触れたようにみえるのかもしれないが、私の知る限り、祖母はずっとこのような人だった。>
そんな彼女が暮らすのは、離婚した母が父から貰い受けた都心から車で1時間半ほどかかる場所に建つ古い洋館で、その13年後、母は父を追いかけて渡英した ため、今は、元オペラ歌手を名乗る母方の祖母と二人で、庭で摘んだバジルとトマトをチーズと共にトーストにのせて焼いた朝食を摂る、そんな暮らしが10年 続いていた。
「あなたもたまにはデートくらいしてくればいいのに、おばあさんとピザなんか食べてないでさ。せっかくそんな綺麗にお化粧してるのに・・・」
化粧バンドの男と別れた後にも、何人かの男と付き合ったが、3回以上セックスした男たちには、遠回しに別の仕事にすれば良いのに、とそのようなことを 言われた。そこで男たちへの興味を失ってしまうのは、彼らのその言葉が決して私や、私が顔を塗る彼女たちを否定する悪意からではないことが、余計に私を 失望させたからだ。<微かな異臭をさりげなく自分から遠ざけるくらいなら、いっそ完膚なきまでに否定してみせて欲しいとすら思っていた。>
どちらにせよ精液や尿や唾液で泥のように流れてしまう化粧について、あれこれと注文する女優や譲れない箇所がある女優を面倒だとはあまり思わない。
私が化粧筆を洗い、女優が電子タバコを吸うだけの、静かな休憩中に、鏡台の上にある水を飲もうと、上半身だけ振り返った私は、そこに大きく映った自分を 見る。その後ろに日に焼けた肌に金髪の女優が小さく映っている。いつもは女優の後ろから鏡を覗き込む、慣れ親しんだのとは逆の構図に、見入ってしまう 自分がいた。
<数十分後には裸になり、身体も性も自尊心も数時間の間は放棄する彼女たちがそれでも明け渡さないものがあるのだとしたら、その片鱗に触れる私は幸運だ とすら思う。>
2026/6/2
「ギフテッド」 鈴木涼美 文春文庫
その、扉の蝶番が軋んで鳴る音と、古いピンシリンダーキーの回転の途中で鳴る音の間隔が、長すぎても短すぎても安心感がない。
<夜ごと、この2つの音を聞いて帰ってくる。>
歓楽街とコリアンタウンを隔てる道路裏手の駐車場の奥にある3階の部屋で一人暮らしをしている主人公は、時には金で身体を売ることもある、25歳の ホステスだ。そんな彼女の部屋に越して来たいという母の要望を気軽に受け入れたのは、母の胃に巣食う病がいよいよ進行し、死に場所を探しているようだった からだ。
あと一編だけ、詩をかき上げたいの、と電話越しに母は言った。「病院のベッドの上ではそれが無理なの。わかるでしょう」
その美しい顔で話題にはなったが、薄い詩集を何冊か出しただけで、ついに望むような崇高な成功はおさめなかった、詩人だった母のそれが最後の望みだった ・・・これは、慶大卒、東大大学院卒、元日経新聞記者ながら、元キャバクラ嬢で元AV女優という異色の肩書きを誇る才媛の、芥川賞候補となった中編 デビュー作である。
「あなたに教えてあげられることがもっとあった気がする」と、17年間は二人きりで同じ部屋に暮らしたのに、まるで時間を与えられなかったような母の 物言い。
触られた二の腕に母の手の温度が残っていた。刺青の下の皮膚には、赤と白に変色した火傷の跡がある。今は弱々しく私の部屋の中を歩く、かつて美しかった 髪を半分以上なくした女が、私の肌を焼いたのだ。
17歳で家を出て、火傷の跡を隠す刺青を入れた彼女が歓楽街で働く道を選んだのは、それが性を売る女性を軽蔑する母のもっとも望まない生き方だったから なのか。結局、たった9日間で呼吸困難になり再び病院に戻った、そんな母のファンだったという見舞客から、クラブシンガーとして稼いでいた母の意外な 過去を聞かされる。「男に賞賛される方が損をする、男は綺麗な女を見せびらかして、醜い女をこっそり愛するんだ」と言っていたと。それが、母が持ち続けた 独自の見解だったのだ。
<母が焼きたかったのは自分の肌なのだろうか。むしろ、自分の体内で作り出した私の肌は、母の肌でもあったんだろうか。>
母がくれたのは五体満足の身体と、その身体の値段を半減するような傷と、女盛りの二十代が残り少なくなったこの時期に、朝の気だるい空気の中を歩いて 浪費する時間なのだ。
母が死んで、遺品の中から出てきたノートには、結局手をつけずに逝ってしまったんだという私の思いに反して、「ドア」というタイトルのついたページが あった。
――ドアがパタリとしまりますよ。
――ドアがしまるとき、かいせつは いりません
――できれば、しずかにしまるといい
「行かないで、ここにいて、一緒にいよう」なんて言葉はなくても、引き止めているのがわかる母と、そんな母を振り切るように、毎晩夜の盛場へ出かけて いく娘。<ついに身体は分離された、のかもしれない。>(解説:水上文)
私は読みながら、二の腕の後ろを何度も何度も撫でていた。・・・もうそこには腫れも窪みもないように思えた。皮膚にあたり、わずかな音を立てる火の イメージを膨らませても、以前のような疼きは起こらない。
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