徒然読書日記202511
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2025/11/21
「世界一わかりやすい量子力学」 Aツァイリンガー ハヤカワNF文庫
「量子物理学の知識があまりないというのは、むしろいいことだと思うよ。自分のやり方を自分で見つけることができるからね。そんなに複雑なこと はやらないよ。」
<ごく単純な実験について調べて、それがどうなっているのか考える機会をあげよう。>
意を決して、1年生向けの物理学101教室・クオンティンガー教授のドアを叩いた、新入生のアリス(A)とボブ(B)への、それが教授からの答えだった。 授業では量子がほとんど扱われていないので、自分たちのような初心者でも読める参考図書を教えて欲しいというお願いに、「それより量子実験を」と勧め られ、「でも、量子物理学の知識はぜんぜんないんですけど」と躊躇いながら答えたボブに、大学院生のジョンが手伝ってくれるから是非に、と背中を押され たのだった。
――発生装置がある「もの」をアリスの実験室にある観測ステーションAと、ボブの実験室にある観測ステーションBに送る。
――2つの観測ステーションはおよそ300m離れており、箱の中の検出器による観測の結果に応じて、赤か緑のランプが点灯する。
という、自分たちは何もしなくてもいい、見ているだけでいい「なんだか変わった実験」に、詳しい説明もないまま取り組まされることになったアリスも、 「黒い箱から何が出てくるか、自分たちで見つけ出さなくてはいけないのね。でもどうやって?見当もつかないわ」と未知の期待に胸を躍らせるようになり、 観測ミスや測定誤差に惑わされながらも、仮説の立案と検証実験を繰り返す、という試行錯誤の連続を通して、ついに二人は<双子>の粒子を発見し・・・
というわけで、そんな「舞台設定」が、この本に「世界一わかりやすい」と銘打たせた「種明かし」だが、原題は『量子テレポーテーションのゆくえ』なのだし、 「長距離を隔てた量子の非局所性の実験」を模したこの実験が、アインシュタインの「不気味な遠隔作用」や「ベルの不等式」といった謎めいた言葉に関わる もので、最終的に明らかにしようとしているのは、「量子もつれ」や「テレポーテーション」などという、最先端の量子力学概念の解説なのであれば、結局この 本は「量子力学」の<わからなさ>を、訳知り顔の暇人に世界一わかりやすく教えてくれた本だった、と今更ながら気付かされることになったのだった。
著者は「量子的にもつれた光子を使った実験でベルの不等式の破れを確立し、量子情報科学を開拓した業瀬」によりノーベル賞を受賞した実験物理学者なので、 冒頭で、量子力学における波と粒子の二重性や光電効果、不確定性原理、量子もつれなどの概念をわかりやすく解説してくれてはいるものの、あくまで話の核心 は、量子もつれの不思議な世界を数式を用いずにわかりやすく解き明かすことで、アインシュタインらの「哲学的」な認識を、実験で解決してみせようという ものだった。
<アインシュタインが量子力学を批判せずにいられなかったのはなぜか、なぜ量子もつれを「不気味」と言ったのか、その理由が今、明らかになる。>
彼の考える事実にもとづいた実在とは、私たちとは無関係に本質的な特性を備えている。このように現実と情報が切り離されているというとらえ方は、量子 物理学では擁護できそうにない。
2025/11/15
「剛心」 木内昇 集英社文庫
「エンデは、日本式と洋式を五分五分の割合で造るというだろう。東京という街が新たに生まれ変わろうというときに、なにも古いものを遺すことは ないんだ。そんなことじゃあ、いつまでも西欧には追いつけんぜ」
煙草に火をつけながら、放り出すように言った渡辺譲から執拗に答えを迫られて、困じたふうに眉を下げた妻木頼黄は、曖昧な笑みを浮かべながら言った。
「西欧に、追いつく必要があるのかな」
明治19年、維新後もどこか江戸幕府を引きずっているようなこの国の政治を、一気に刷新せんとした伊藤博文首相の「官庁集中計画」を受けた井上馨外相は、 内閣直属の「臨時建築局」を発足させた。本場ドイツで建築学を習得した技師長の松崎万長は、設計者エンデの下へ派遣する4人の技師を選出する。工部大学校 造家学科を修了した河合浩蔵、渡辺譲、滝大吉の3名と、もう1人は中途退学して米国に渡り遊学していたという、変わった経歴を持つ妻木頼黄だった。
「なんでも、つまらなくなった、と言うておったとか。江戸が東京になって、町が死んでしまった、そんなことも申していたそうです」
というこの本は、政府が国家の威信をかけて異国に負けない街づくりを推し進めようとしていた明治時代に、己の信念を貫いた一建築家の闘いを描いたもの なのだが、妻木頼黄といえば、昔、長谷川尭の著作で日本橋の麒麟像の作者だと知っているぐらいだったので、まさかこんな熱きドラマの主人公になるとは 思ってもみなかった。
たとえば、焼失した帝国議会の臨時仮議院を、土地勘のない広島にわずか半月の突貫工事で完成させる、という無理難題をみごとに完遂してみせるなど、与え られた「工期」と「コスト」を守りながら、要求された以上の「品質」を確保するために発揮される、様々な工夫の冴えや職人の人身掌握術には驚かされた。
さて、<剛心 center of rigidity>とは、建造物の重さの中心点を表す<重心>に対し、その強さの中心を指し示す重要な言葉である。自分の設計する建物は 常に「強く美しく安定したもの」であらねばとする妻木の理念を叶えるには、<剛心>をしかと定めることが、必須の条件だった。
「外観は、躯体の強さに応じた威厳ある印象にいたします。が、内部に入り、広くとった中央玄関ホールには本邦の装飾をふんだんに使い、高貴で柔らかな印象 の空間を作ってまいります」日本の象徴たる議院の設計に和洋折衷案を示され首を傾げた西園寺首相に対し、これ以上ないものを造り上げてみせるという妻木の 言葉には鬼気迫るものがあった。「日本における今後の課題は、異国の文明と日本古来の文化を巧みに融合させること。・・・建築のみならず、自らの足下を 見失わぬことは、欧化の一途を辿るこの国の在り方においても肝要なことかと存じます」
物語の最後、死の床につき「江戸の景色を僕がまた造る」という妻への約束を守れたかどうかを懸念している妻木に、精一杯の笑みを浮かべて妻は答える。自分 には建築の難しいことはわからないが、あなたの建物にはちゃんと血が通っていると。ずっと心ある仕事をされてきたことが、なにより誇らしいのだと。妻木は 両目を潤ませながら、「誰にも通じぬと、信頼できる仲間に出会ってからも、どこかひとりだ。」と思っていたことを打ち明ける。「それは違うのかな」と。
「あなたはひとりではありません。でも、なににも混じらず、染まらずに、ひとりの人であり続けたからこそ、これだけ大きな仕事を為し得たのではない ですか」
2025/11/12
「侍女の物語」 Mアトウッド ハヤカワepi文庫
ベッドの上に赤い手袋が置いてある。それを取り上げて一本ずつ指にはめる。顔のまわりの翼状の布をのぞけば、すべての衣類が赤い。血の色。
白い翼はまわりを見たり、まわりから顔を見られることを防ぐためのもので、「赤」はわたしたちの身分「侍女」を示す色だった。
まるで、血に浸された修道女のような――<わたしの姿は何かのパロディーのようだ。>
キリスト教原理主義を掲げて、クーデーターによりアメリカ合衆国から政権を奪取した、ギレアデ共和国の支配者たちは、すべての女性から職業と財産を没収 した。環境汚染による出生率の著しい低下に悩む政権は、出産能力のある女性を選別し、支配者層の「侍女 Handmaid」として仕えることを強制したのである。
わたしの「仕え女 Handmaid」のビルハがいます。彼女のところに入ってください。彼女が子供を産み、わたしがその子を膝の上に迎えれば、彼女によって わたしも子供を持つことができるでしょう。(『創世記』)
と旧約聖書にある、夫ヤコブとの間に子供ができないことを知った妻ラケルの言葉に従い、この物語の主人公オブフレッドは「侍女」の一人となったのだった。
というこの本は、2000年に
『昏き目の暗殺者』
で ブッカー賞の栄誉に輝き、カナダを代表する女流作家となった著者が、1985年に発表した世界的ベストセラーであり、オーウェル『1984年』の姉妹編と 称されたほどの、いわゆるディストピア小説の話題作なのである。
<目>と呼ばれる組織が監視する中、共和国の司令官夫婦と一つ屋根の下で暮らし、月に一度の義務として妻の下半身となり司令官と交わる「儀式」。健康な 赤ちゃんを産めば身分は保障されるが、任期中に妊娠できなければ、不完全女性の烙印を押され「コロニー」送りとなる過酷な定めに怯えながら過ごす日々。 そんなある日、「儀式」でしか接触のない司令官から、ある「誘い」が持ちかけられて、オブフレッドの止まっていた時間の歯車は、再び動き出すことになる。
オブフレッドはかつて女性編集者として働きながら、妻子ある男性と駆け落ちし、女の子を産んでいたが、クーデターを機に国外逃亡を図り、捕らえられた のである。自分の仕事と財産を持ち、愛する夫と幼い娘と暮らしていた幸せだった日々。彼女にとって司令官からの「誘い」は、一筋の希望の光とでも言うべき ものだったのだ。
後の展開はどうぞご自分でご確認いただくとして、この物語で最も衝撃的なのは、実はオブフレッドという名前ですらが彼女のものではない、ということだ。 “of Fred”とは「フレッドの」と、派遣先の男性の所有であることを示すもので、ギレアデ共和国の「侍女」たちは、皆本名を名乗ることを禁じられているのだ。 (でも、「夫婦別姓」問題が未だに論じられている我が国の原状を考えると、女性の置かれている立場はギレアデとそれほど変わらないのかもしれない。)
というわけで、物語の最後、予想以上に悪い事態が訪れようとしていることに怯えるオブフレッドは、ある男から本名で呼ばれて戸惑うことになるのだが・・・
これがわたしの最期なのか、それとも新しい出発なのか、わたしにはわからない。わたしはすでに見知らぬ者たちの手に自分の運命を預けた。他にどう しようもないから。
<そういうわけで、わたしはステップを昇って暗闇のなかに入っていく。そうでなければ、光のなかへ。>
2025/11/8
「カフネ」 阿部暁子 講談社
「スープは多めに作ったので、あとで好きに食べてください。ご飯を入れてリゾットにしてもいいし、こんがり焼いたパンを入れて食べてもおいしい です。あと訊きたいんですけど、冷蔵庫に入っている大量の・・・」
せつなが言葉をとぎれさせ、目をみはった。「・・・どうしたんですか?」
<言葉なんて何も出てこなくて、薫子はぼろぼろと涙のあふれる目もとを覆った。やさしい味がしみて、痛いほどしみて、もう耐えられなかった。>
不妊治療に失敗し、夫から切り出された離婚話に戸惑いを隠せなかった野宮薫子は、さらに、年の離れた最愛の弟・春彦の突然死という事態に、完全に打ちのめ された。綺麗好きにも拘らずゴミ屋敷のように変貌した自宅マンションで、アルコールに依存した生活に陥っていた彼女を救ったのが、春彦の元恋人・小野寺 せつなだった。
高級ホテルのレストランで働いていたせつなは、理由あって今は家事代行サービス会社「カフネ」の食事担当として働くようになっていたのだが、これが縁と なって、「カフネ」が行なっている無料派遣サービスに、自分は掃除担当として料理人のせつなとタッグを組み、ボランティア活動に加わることになったので ある。実は弟の春彦も、結婚を急がせる両親の目を誤魔化すために、恋人関係を装ってもらったせつなと一緒に、このボランティア活動を行なっていたという のだった。
シングルで子供を育てている人、家族の介護をしている人、体を壊したり心を壊したりして休業中の人などなど、毎日の家事にまで手が回らず弱っている人たち。 二人が訪れる家庭が抱える問題は様々だったが、薫子が掃除をしている間に、個々の事情を慮り最適なモノを手際よく提供するせつなの料理が<心>を癒して いく。帰り際に、「どうもありがとうございました」と、額が膝についてしまうのではないかというほど、深く深く頭を下げられて、薫子は気付かされることに なる。
もう何ヶ月も、いや何年も、自分に価値を感じられずに生きてきた。もう自分は誰にも愛されず、必要もされないと思っていた。
<今、私はあの人を助けたのではなくて、助けてもらったのだ。>
薫子の夫にも、弟の春彦にも、そしてせつなにも、それぞれが抱えていた深刻な事情が明らかになっていく物語の後半で、今度は私たちが気付かされることに なる。簡単に「わかる」などということはできないけれど、自分の心に痛みを抱えているからこそ、人は他人の痛みに気付き、思いやることができるのだ ということを。
物語の最後、薫子からの思いがけない提案に、乱暴にカフェの席を立ってしまったせつなが、しばらく先の電柱のそばに立って目を赤くしているのを見たとき、 薫子は彼女のくしゃくしゃになった前髪に、自然と手を伸ばす。カフネを立ち上げた常盤斗季子の言葉が、耳の奥に甦ってくるのを感じながら・・・
「愛しいんです。眠ってる娘たちの髪をさわりながら、忙しすぎて心を失くしかけているような人たちが、こんな時間を持てるようにする仕事がしたいと 思いました。」斗季子にもまた、駆け落ちして双子の娘を産んだものの、出産で入院中に男に逃げられ、親との絶縁状態の中でシングルで娘たちを育てた という過去があったのだ。
<カフネ>とは、ポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通す仕草」を表す言葉だった。
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