徒然読書日記
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2026/3/29
「三体V 死神永生」 劉慈欣 早川書房
人工冬眠技術はすでに成熟しているから、問題のひとりを冬眠状態に置けば航宙は可能だ。・・・だが、そのあとは?2世紀後、三体艦隊と遭遇した とき、だれが彼(彼女)を覚醒させ、覚醒後の彼(彼女)はなにができるのか?
「人類をひとり、敵の心臓に送り込む」
はるかに進んだ技術力を誇る三体文明から「おまえたちは虫けらだ」と見下され、4世紀後の侵略艦隊の襲撃という未曾有の脅威に直面する人類を描いた
『三体』
。
万能の智子に対抗する「面壁計画」という奇策が、最後の面壁者・羅輯が“宇宙社会学の公理”から導き出した「暗黒森林抑止」を成立させた
『三体U 黒暗森林』
。
そして、全世界でシリーズ2900万部、壮大なスケールで人類の未来を描いた三部作≪三体≫の、待望の完結編となる本作では、「階梯計画」から話しは 動き出す。「面壁計画」の背後で極秘に進められていたこの「階梯計画」なるものは、地球に向けて航宙中の三体艦隊に対して、探査目的のスパイを送り込もう というもので、そのために必要となる「光速の1%」という目標は、探査機の航行ルートに配置した核爆弾を順次爆発させることで、「段階的に加速する」と いうアイデアだったが、問題は探査システム全体で10キロという総重量の制限で、巨大な帆の仕様で「羽毛のように軽い」本体は実現できても、許される搭載 重量はわずか5百グラム。「われわれは、脳だけを送る」・・・というわけで、「階梯計画」の立案者で若き航空宇宙技術者・程心と、彼女に密かに想いを 寄せていた大学の同級生・雲天明の、壮大な「愛」の物語の幕は切って落とされるのである。
雲天明に「人類救出の使命」の白羽の矢が立ったのは、末期の肺癌に侵されたからだ。独り身で、将来に悲観した彼は、化学療法を中止し「安楽死」を申請する。 提供したアイデアで大成功した友人から受け取ったお礼の大金は、太陽系外の特定の恒星の権利の購入に充て、その「星」は匿名で程心にプレゼントしていた。
程心はDX3906の所有権利証書を受けとった。程心はびっくり仰天し、いままで味わったことのない幸福感に包まれて、眩暈で倒れそうになった。
「だれかがわたしに星をプレゼントしてくれた」再会した程心から自分に与えられた「使命」を告げられ、天明は過酷な運命を承知しながら、彼女の「死んで くれ」というに等しい頼みを、幽かな笑みともに引受ける。人類に対する忠誠の宣誓を拒絶しながら「任務遂行者」に選ばれた天明が、星を贈ってくれた人 だったと程心が知った時、すべては終わっていた。
「子どもよ、望みがひとつある」・・・とだれかの声が話しかけていた。もし脳が蘇生したら、それを安置するもっとも理想的な容器は元の体だから、三体人の クローン再生技術で、彼はふたたび完全な彼に戻る・・・かもしれない。というわけで、暇人はここまででもう「お腹一杯」になったのだったが、上下2巻、 全850頁ある本のわずか138頁、第一部が終わったに過ぎない。
げっそりやつれた物語の主人公・程心は、「階梯計画」の冬眠カプセルに野菜の種を入れるよう依頼し、自分は「未来に行く」ため冬眠することを決意する のだが、この後、何度も覚醒、冬眠を繰り返す中で、三体人による地球征服や、二次元化による太陽系の消滅など、程心が見舞われる未曾有の事態の顛末は、 どうぞご自分で。ちなみに、程心はおよそ260年後に再生した雲天明との再会を果たすことになるのだが、それでもまだこの永い物語の半分を読み終えた に過ぎないのである。
「そのときだしぬけに悟った。死とは、永遠に点灯している唯一の灯台なんだと。つまり、人間、どこへ航海しようと、結局いつかは、この灯台の示す方角 に向かうことになる。すべてが移ろいゆくこの世の中で、死だけが永遠だ」
2026/3/25
「暗殺」 柴田哲孝 幻冬舎文庫
2022年7月8日――。時刻は午前11時31分と記録されている。日本の、元内閣総理大臣が奈良県の近鉄大和西大寺駅前で演説中に凶弾に倒れ、 死亡した。享年67だった。
SPの一人がゼブラゾーンから背後の道路に向かって走り、手製の銃を持った男に飛び掛かり、その腕を後ろ手にねじ上げ、路上に押さえ込むシーンが全国に 流れた。“実行犯”の男、奈良市の集合住宅に住む上沼卓也(41歳)は、家庭を壊した母親が入信していた“ある団体”と元首相との深い繋がりが動機だと 供述した。こうして「上沼の単独犯行」という論調が、“既成事実”として世論に認知されることになった、この『田布施元首相銃撃事件』には多くの不審な 点があった。
1.三ヶ所の銃創のうち致命傷となったのは、壇上に立つ元首相を低い位置から撃ったものではなく、逆方向の高い位置から右前頸部に着弾したものであった こと。
2.致命傷となった銃弾には貫通した形跡がなく、元首相の体内で消えてしまっていた。にもかかわらず、警察は深く調べることもなく捜査を打ち切ったこと。
3.政府要人の暗殺という重大事件であったにもかかわらず、警察による本格的な現場検証は参院選投票日三日後(事件の五日後)まで行われなかったこと。
<いったい警察は、何を隠そうとしているのか。今回の事件の背後で、何が起きているのか。そして誰が、田布施元首相を暗殺したのか。>
というわけでこの本は、誰もがご存じであるはずの「山上徹也による安倍晋三元首相銃撃事件」を題材にしたとはいえ、もちろん「フィクションの物語」なの だから、「実在の人物・団体・文章等が一部登場しますが、あくまで創作の材とするものであり、実際の事件・社会問題等とは関係ありません。」なんてことは 言われなくても分かっているのだが、『これは誰のことなのか』『こんなことは本当にあったのか』とついググってしまうのも仕方のないことだろう。
戦後の日本における大きな事件を題材にして、“不気味なほどに説得力があり、しかも緻密”で、驚くほどリアリティのある大胆な仮説を提示している
と池上冬樹の解説にもあるように、この物語はマスコミ相手に体制側が用意した“世界合同教会”などという事件解釈用の手頃な見取図を軽々と乗り越えていく。
<以下、ネタバレにつき、文字を白くしておきます。>
1987年に起きた赤報隊による「朝日新聞阪神支局襲撃事件」を発端に、新元号「令和」を巡る日本民族派右翼の巨魁との 確執の中で、首相暗殺計画が動き出す。日本中がコロナ禍に沈んだ3年間に、政治の裏側に潜む体制側の組織が暗躍し、“実行犯”と“共犯者”の育成、 “凶器”の準備が進められ、ついに実行の日を迎える。
ここまで入念に準備された筋書きが語られた後で、我々も見知った「現実に起きた事件」の謎に、一介のジャーナリストと元刑事が果敢に挑んでいく構図なのだ。
果たして真犯人は誰なのか?――後は、どうぞご自分でお読み下さい。自分の書く作品はリアリティを追求しているので、「どこまでが現実で、どこまでが フィクションなのか」とはよく言われるという著者の、面目躍如の大傑作である。
この作品をきっかけに、作家やジャーナリストが真相究明に動いてほしいなと思っています。その結果、私の考えが否定されるならそれはむしろ良いこと です。
2026/3/19
「パンチラインの言語学」 川添愛 朝日新聞出版
名作には名ゼリフはつきものだ。みなさんにも、すぐに思い出せるドラマや映画、漫画のセリフが一つか二つはおありだろう。しかし、それらを 名ゼリフたらしめているものは何だろうか?
<本書の趣旨はざっくり言えば、そういった名ゼリフ(=パンチライン)を言語学の観点から眺めてみようというものだ。>
というこの本は気鋭の言語学者・川添愛が、漫画、ドラマ、映画など、絵や映像を伴う作品に限定して、名台詞の名台詞たる所以を解説しようとしたもの らしいが、
『言語学バーリ・トゥード Round 1』―AIは 「絶対に押すなよ」を理解できるか―
『言語学バーリ・トゥード Round2』―言語版SASUKEに挑む―
『世にもあいまいなことばの秘密』
でもご紹介したように、<エンタメ8割、言語学2割>ぐらいの配合で書いているので「全然勉強 にならなかった!」と文句を言われても困る、というスタンスは今回も変わらないようで、
南ちゃんブームのころ、私は中学生で、本作のアニメも見ていたし単行本も持っていた。私も「♪デーンデデデデデデ・・・」というイントロが聞こえたら 岩崎良美になりきって主題歌を歌える程度には星屑ロンリネスな人材だ。
という軽快な乗りで、『タッチ』『ガラスの仮面』『機動戦士ガンダム』『北斗の拳』などが、熱く語られていくのは、身に覚えのある方にとっては堪らない だろう。初めて耳にする暇人にとっては、そんな“一粒で二度の美味しさ”を味わうことができず少し残念だったが、それでも言語学的解説の面白さは十分 味わえたわけで、
『プレサタ』で起こった大問題は何かというと、生放送の直前に司会者の四股不倫が発覚したことだ。プロデューサーから不倫が事実かどうかを問われた とき、
「やっ・・・てますね」と、司会者のツツミン(山本博)が心ここにあらずといった表情で答える『不適切にもほどがある!』では、終助詞「ね」が取り上げ られる。「口にするのも憚られる文面」のメールについても、「送っちゃってますね・・・」と答えるのだが、「やりました」「送りました」ではないことが ポイントだ。「ね」を付けることで、自分しか知らない自身の行いであるにもかかわらず、「本当にそうなのか自信がない」という「他人事感」を醸し出して いるというのだ。
本作でもっとも多く使われている言語上の手がかりは、「これ/ここ」「それ/そこ」「あれ/あそこ」等の「指示詞」だ。
「『こそあど』にウソはけっこう出るんですよ」と、モジャモジャ頭の大学生・久能整(菅田将暉)が真相解明の名推理を連発する『ミステリと言う勿れ』では、 謎解きのシーンで罪状を突きつけられた容疑者が、「それ」ではなく「これって、罪になるの」と答えたのを聞いた整は、犯人が自分の罪を認めたことに気づく。 「こ」系の指示詞は、話し手がよく知っている対象を指すのに使われることが多く、その場で明かされた罪状が自分の胸の内にあるものと一致していたの だろうと。
といった具合で、暇人が確かに見ていた場面に付いても、なるほどそういう意味があったのかと納得させられるような、興味深い分析に膝を打つことになる のだった。この本で取り上げられている「パンチライン」が、必ずしも誰もがその作品の「決めゼリフ」とは限らず、疑問に思われるかもしれないことは著者も 認めている。そのあたりの仕掛けが、この月1回の連載を「かなり笑えて、たまに勉強になる」ものに仕上げて見せた、著者の手腕の冴えを物語っているのかも しれない。
それはおそらく私がセリフの文法的な側面だとか、裏側に隠された意図や思考の過程とかが気になりすぎているからだ。そのあたりに関しては「言語学者は こういうのが気になるんだな」と、広い心で見守ってほしい。
2026/3/18
「進化のからくり」―現代のダーウィンたちの物語― 千葉聡 講談社ブルーバックス
テーブルの上に、一羽の小鳥がひらりと舞い降りた。黒ペンキをかけられて、体中真っ黒になったスズメみたいな鳥だ。・・・私はここでこうやって 君たちと一緒に、君たちの話を読むために、この本をここガラパゴス諸島まで持ってきたのだ。
<その本は、グラント夫妻が40年をかけて成し遂げた、小さな孤島のダーウィンフィンチの研究をまとめたものだった。>
という魅惑的なシーンから始まるこの本は、『歌うカタツムリ』で毎日出版文化賞を受賞した気鋭の進化生物学者による<巻き貝進化>の研究界隈のお話である。 小笠原諸島の陸貝を研究対象とする著者の専門領域はとても狭そうだが、世界にはユニークな進化生物学者が数多く存在するようで、たとえば・・・
「孤独な左巻きのカタツムリが、愛と遺伝学のためお相手を探してる」と、英国ノッティンガム大学広報室が市民に向け呼びかけた、奇妙な報道発表から始まる 物語。食用になるエスカルゴの一種、ヒメリンゴマイマイはヨーロッパでは普通に見られ、そのほとんどは右巻きなのだが、百万匹に一匹の確率で「左巻き」が 見つかる。<ひとりぼっちのジェレミー>と名付けられた、この直径3センチほどの茶色のカタツムリは、そんな超レアな左巻きのカタツムリだった。 カタツムリは恋矢という剣を互いの体に打ち込み、生殖口を接して交尾するが、巻き方向が反対の個体とでは生殖口の位置も反対で、交尾ができないのである。 殻の巻き方を決める仕組みを解明しようという目論見から始まったデビソン博士の物語は、遺伝子の発見という成果の副産物として、ジェレミーの子供たちを 遺した。
<ジェレミーの殻は、大学の自然史資料室に保管されています。今後はこの稀な遺伝的変異について学ぶための教材として、学生教育に役立てられること でしょう。>
といったような具合に、世界で活躍する様々な進化学者や、国内の気鋭の研究者たちの調査・研究の足跡が、その場に居合わせた臨場感とともに生中継されて いく。「巻貝進化」という馴染みのない分野の、それ自体はかなり専門的な内容のお話を、これほど面白く読むことができたのは、世評に高い著者の筆力の 成せる技だろう。
“ガラパゴスでダーウィンフィンチから進化に気づいたダーウィン”――そう書いた本は珍しくない。私の手元の観光パンフレットにもそう書いてある。
が、そもそもダーウィンはそんなことをどこにも書き残していないし、ガラパゴスの生物は、ダーウィンの進化研究にあまり貢献していないという。ダーウィン フィンチの伝説は、ダーウィンの思いを継いだ人々がその理論の正しさを証明し、新発見を加えて修正し続けていく過程の中で生まれてきたのである。
<進化を研究する進化学者も、進化の話を楽しむ進化学ファンも、どちらもダーウィンの志を受け継ぐ後継ダーウィンである。>
私たちが好奇心をもつことは進化の結果だが、そうして得られるものは、たいていは新奇だが役に立たず、時間の無駄で、子孫を残す上では不利になるはずだ。 ではなぜ、そんな無駄で非生産的な性質が進化したのかといえば、目先の不利益をそれによって得られる長期的あるいは大局的な利益が上回っているから だろうが、無駄でコストのかかる行為を続けるには「報酬」という仕掛けが必要で、好奇心の場合、それを満たして得られる「楽しさ」こそが報酬ではないか というのだった。
本書は「進化とは?」という疑問に駆られた読者の好奇心をよりいっそう高めることを目論んでいる。一方、その疑問に明確な回答を与えて、読者の好奇心に 幕を引いてしまうことは意図していない。
<何はともあれ、読者諸氏には本書を楽しんでいただきたいと思う。役には立たないけれど。>
2026/3/14
「叫び」 畠山丑雄 文藝春秋
奥の方で背を向けて座った男が、長い金槌のような棒で鐘を叩いていた。男の周りには上向きの太い懐中電灯と大小さまざまな鐘が置いてある。 近づいてみると、男より奥の地面も鐘が敷き詰められている。
「首が回らんのか・・・ほんまに首が回らんくなるのもおるらしいぞ」
2025年、同棲相手の希望で移ってきた茨木市で、その相手にすっぽかされて自暴自棄の生活を送ってきた草野の家計は、たちまち自転車操業に追い込まれて いた。風俗へ行く金もなく、部屋の広さに耐え切れずいつもの散歩に出かけたある深夜、草野は川沿いの畑の地下にある室(ムロ)の中で作業する不思議な老人 と遭遇する。
お前は今、自分の軽さを持て余している。何をしようにもお前の中の天秤がいつまでも揺らいで、後先がつけられないでいる。・・・そのことがまたお前の 存在を希釈する。
「お前には重さが必要なんや・・・手始めに4.8キロくらいちゅうとこやろな」
家に帰り、渡された「銅鐸」を抱いて冷たいベッドに入った草野は、両腕に包み込むうちにじわじわと温もる「同衾」という言葉を、自嘲めいた笑いで振り 払った。こうして草野は、「先生」のもとで銅鐸づくりを習うことになった。・・・本年度「芥川賞」受賞作品。
先生は早野にこの土地の歴史をよく勉強するようにも言った。当初早野はそれも銅鐸づくりのためかと思っていたが、先生は歴史の勉強も銅鐸づくりも 等しく一つの手段にすぎないという。
<では目的はなんであるかというと、ひとまずは聖になることである。>
己の来歴と土地の来歴の軽重をなくしていけば「聖(ひじり)」に近づいていく、という先生一流の論理をどこまで呑みこめているかは別として、己を忘れる ほどに「郷土史」を読み込むこんだ草野が知ったのが、戦前に茨木から満州に渡って「罌粟(けし)」の栽培に心血を注いだ川又青年の存在だった。「川又青年 のことを知って、その歴史を読んどったら、何ちゅうか、自分が今ここにおることの意味のなさが、補われていく気がしたんです」
1時間ほど並んで中に入ると、既に膝はくたびれており、けれども気は逸って、大屋根リングをくぐり、目的のないままにリングの内側を歩き回った。
<この景色を川又青年にも見せてあげられたら、とも早野は思ったが、それは口にしなかった。>
銅鐸鋳造体験会で知り合った彼女と万博会場へ出かけた早野は、人込みを掻き分けるように進むうち、いつしか紛れ込んだ1940年万博のテーマ館の入り口 には、満州のだだっ広い原っぱに放り出され、陸軍から「陛下のために罌粟畑に塗り替えろ」と命ぜられ奔走した川又青年が、落ち窪んだ炯々とした瞳でこちら を見ていた。
「せやし僕の育てた罌粟畑を陛下に一回だけでも見てもろて、よう頑張ったな、て言うてもらいたいねん」と、続きを呑み込んで扉を開け、川又青年は光に 包まれた雑踏に飛び込んでいく。閉幕間近の今日は、昼から天皇・皇后の行幸啓があるのだった。危急を告げるように、銅鐸の音が高まり、なつかしい響きが 喧騒からくっきりと浮かび上がってくる。マイクを伝って聞こえてきたのは、確かに「先生」の声だった。
「そいつが叫ぶ。せやけどその叫びはその空間に閉じ込められて、どこにもいけんようなる・・・そういう叫びをね、あなたがたに届けたくて、僕は こうして鐘鳴らしてるんです」
2026/3/7
「あの国の本当の思惑を見抜く地政学」 社會部部長 サンマーク出版
国際政治を考える上で、まず見るべきものは何でしょうか?歴史、文化、統計、報道――どれも重要です。しかし、本書はそれが「地理」であると 考えます。
<人間の思考や行動は、私たちが思っている以上に地理に動かされています。それも、気づかないうちに。>
というこの本は、登録者33万人、3千万回再生を達成したことで今最も注目されている、歴史・地政学解説YouTubeチャンネルが書籍化されたものだ。 地理的条件が国家の安全保障や外交、戦争と平和にどのような影響を与えるかを考える「地政学」は、近年の不安定な世界情勢の中で再び注目を集めている ようだが、例えば、中国の海洋進出における日本の地理的重要性を簡潔に示すための定番の「逆さ地図」に、著者が物足りなさを感じるのは「目的」の説明が ないからだという。「逆さ地図」では、アメリカの「目標」(中国を封じ込める)と「手段」(沖縄に基地を置く)は示せても、「なぜ封じ込めたいのか」と いう「目的」は示せない。
それでは、国際政治における最も重要な地理的事実は何でしょうか?本書はこれを「海と陸」であると考えます。
<現代世界の大国間争いは、ロシアや中国のような大陸国家の台頭をアメリカのような海洋国家が抑えることで成り立っています。>
世界一の経済力と軍事力を誇るアメリカは、地理的にも広い海に囲まれていて強そうに見えるが、その広い海が仇となって、勢力がユーラシア大陸までは 及ばない。「もし大陸に自国を上回る超大国が成立したら太刀打ちできるだろうか」という不安を常に抱えているという意味で、アメリカは意外に「弱い国」 なのである。
積極的に領土拡大に挑戦し続けるロシアの強気の姿勢は、平野という地理的な脆弱性への不安の裏返しで、少しでも勢力圏を西に伸ばして「戦略縦深」を深め ようとする。ヨーロッパと組んで脅かそうとするアメリカの自分たちは被害者であり、東欧を緩衝地帯であり続けるよう軍事的に圧力を加えることは正当な 権利と考えているのだ。
ソ連崩壊により北方の脅威が著しく軽減されて、内陸経済に基づく大陸国家から、世界に開放した沿岸部港湾都市に基づく海洋国家へと脱皮を企てる中国に とって、尖閣諸島、台湾、南シナ海を結ぶ「第一列島線」は「海の万里の長城」である。潜在的な敵国と信頼できない友好国に囲まれた中国の野心的な行動には 理由がある。
この様な道筋を辿って、それぞれの国の地理的現実を俯瞰しながら、丁寧に解き明かしてもらえると、どの国も特有の弱みを抱えていることがよくわかる。 「どんな国にも強みと弱みがある」のは確かだが、普段その「強さ」ばかりが強調されがちな、アメリカ、ロシア、中国に関しては、特にその「弱さ」が新鮮に 映る。これらの国々が「地理」という壊しようがない檻に囚われていることを認識しなければ、どんな根本的な問題も真に理解する事はできないということ なのである。
この地球上に存在する以上、すべての国は「地理の囚人」であり、地理的制約に揉まれながら自らの生存する道を見出さなければならないのです。
では、かつて「大陸国家になろう」という愚を犯した海洋国家の日本で、安全保障環境が日々厳しくなる今、私たち日本人にはいったい何ができるのだろうか。 という「問い」に著者が用意した「答え」は、何とも平凡なものだったが、それが結局、宿命を変えようとする「地理の囚人」が持つべき理想だというのだった。
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